大阪市中央区南大江の地蔵尊を訪ねて~その1・谷町筋の東側編

先日訪れた高津宮の日記に私はお稲荷さんの近くで育ったと書きましたが、もう一つ身近にあったのが地蔵尊です。

「お寺に高いお布施や香料を払えない貧しい人でも救ってくれる、立場の弱い人の味方なんだよ。」という祖母の言葉が印象に残っています。

また子ども時代、『日本昔ばなし全集』(国際情報社刊行、全60巻のあの懐かしいシリーズ)を熟読した私にとって、お地蔵さまというのは優しい存在というイメージです。

私自身は無宗教ですが、今でも道端に地蔵尊を見つけると、手を合わせたい気持ちが自然にわき起こります。

それは信仰心というよりも、”長年人々が大切にしてきた存在”に対する敬意のようなものと、”幼い頃に身近だった存在”に対する親しみ、この二つが混ざったような気持ちです。

事故などで亡くなった方の供養に建立されたものも少なくなく、そのようなお地蔵さまに願いごとをするのはどうかと思いますが、「手を合わせる=願い事をする」ではありませんからね。

思えばお稲荷さんでも地蔵尊でも、手を合わせている間は無心であることが多いです。

ところで先週、あるカフェのカウンターに置いてあった南大江地域活動協議会だより「やすらぎ」2017年3月号を思わず手に取りました。

巻頭の「特集 子供の安全を守る南大江のお地蔵さん」という文字が飛び込んできたからです。

南大江とは大阪市中央区の、東が上町筋東側のブロックから西は松屋町筋、北は中央大通り、南は長堀通に囲まれたエリアだそうです。

ちょうど谷町を挟んで東西という近所なので、さっそく「お地蔵さんマップ」を片手に7尊のお地蔵さまを訪ね歩いてきました。

画像も多いので、今回は南大江地域のお地蔵さまのうち、谷町筋を挟んで東側のお地蔵さまについて記したいと思います。

1)広徳地蔵尊

上町一丁目、大阪府立中央聴覚支援学校の向かいにあります。

戦前から建立されていたものの戦時中に紛失し、戦後になってからビル建設時に発見されたそうです。

子どもの成長と安全を見守っているお地蔵さまです。

テントがお堂を守っているのを初めて見ました。

広小路町の町民みなさんでお世話をしているそうで、元気なお花からも大切にしているのが伝わってきます。

どんなお顔をされているのか近付いてみると…

あらかわいい!

目と眉が書かれています!

どういう経緯で書かれたんだろう…気になります。

それにしてもこのお地蔵さまにぴったりのお顔立ちで、子どもが見ても親近感がわきそうですね。

2)上町子守地蔵尊

車通りも多い上町筋沿い、マンションが並ぶ一角にあります。

昭和20年にあった子どもの交通事故の供養と、通学する子どもたちの安全ために建立されたそうです。

お堂の中にもう一つ扉がありましたが、虫が入り込みそうだったのでそれは開けずに手を合わせてきました。

3)将軍子安地蔵尊

龍造寺町にあります。

お堂ありきで、建物がお堂をはめ込むように作られています。

代々こちらのお宅が中心となって守ってこられたのでしょうか。

戦国時代に戦で亡くなった方々を供養するため、北向きに祀られています。

三尊いらっしゃいました。

町会の方々が子どもの安全や学力向上を祈願し、大切にしているそうです。

4)日限(ひぎり)地蔵尊

日限地蔵は日本各地にあり、「○月○日に」「○日までに」などと日を限って願い事をすれば叶うと言われています。

こちらのお地蔵さまは100年以上前からあり、人災や天災から地域を守る守護神と言い伝わっているそうです。

お膳が毎日供えられている様子で、丁寧に祀られているのがよく分かります。

優しいお顔をされています。

銅座公園の南東側の細い路地にあり、場所が分からず、すぐ近くのお宅で庭の花に水やりをしていたおばあさんに道を聞きました。

するととても親切に説明してくださり、最後に「奥をのぞくと日限さんのほかにもう一体おるんよ。」と。

右奥にいらっしゃるのが木札にある「白高龍王」さまなのでしょうか。

確かにごはんやお水もちゃんと二体分供えられています。

ここまで谷町東エリアのお地蔵さまを四カ所訪ね歩きましたが、共通点は地元の方々がとても大切にお世話をしていらっしゃるのが伝わってくること。

とても良いものを見たという気持ちになります。

南大江のお地蔵さん探訪記は次回、谷町筋の西側編に続きます。